SS作者:Grace
使用テーマ:「タオル」「すき」「花見」「湯気」
◆桜の木の下で
桜の木には、良い思い出が無い。
ボクの家は道場をやってて、小さい頃からボクも身体を鍛えてた。
武道をやる以上厳しいのは当然で、お仕置きは仕方が無いことなんだけど。
ボクがお仕置きに縛られるのは、決まって桜の木で。
他にも、桜っていうと別れのことしか思い浮かばなくて。
だから、ボクには桜に良いイメージが無い。
そういえば、あの女の子と離れ離れになったのも、桜の季節だったっけ。
親同士の付き合いで、ボクはとある女の子と仲が良かった。
おかっぱ頭でワンピースで、いつもぬいぐるみとかタオルとか握り締めてる子だった。
あんまりしゃべらないし、話しかけても首を振るか頷くぐらいで、走るのも遅いし。
でも、ボクらはどうしてか仲が良かった。
その日はちょっとしたイタズラが見つかって、ボクはいつも通り桜の木の下に縛られてた。
縛られることは慣れっこになってたんだけど、親の怒る顔はやっぱり怖くて、ボクは桜の木の下でわんわん泣いてた。
そんなボクの顔を、あの子は持ってたタオルで何度も拭ってくれたっけ。
「ないたら、かなしいの」
初めて、その子からボクに話しかけてくれた言葉かもしれない。
受け答えっていうか……、何か聞くと答えてくれたりするから、初めて声を聞いたってわけじゃないんだけど。
それでも、なんだかその一言はすごく印象に残ってた。
まあ、言葉の意味は良くわからなかったんだけどね。
自分が悲しいなのか、泣くともっと悲しくなるなのか。
今考えても、よくわからない。
その子と最後に会ったのが、桜が咲く頃。
親の都合だったか、それとも彼女の親の都合だったのか……もう良く覚えてはいないんだけど。
ボクはその日を最後に彼女と会うことが無くなった。
そりゃ、さよならを言われたときは泣いたよ。
泣いてわめいて、暴れたんじゃないかなあ……。もうあんまり良く覚えてない。
都合の悪いことは忘れやすいのと、ボク自身そんなに頭が良いわけじゃないからね。
おかげさまで、そのことがトラウマになるほどはっきり覚えてない。
でも、最後に見たその子の泣き笑いの顔は、今もはっきり焼きついてる。
それから、ボクは桜が嫌いになった。
あれから何年たったのかな……。
いや、昔を懐かしむような歳じゃないのはわかってるよ?
ただ、思い出に浸るときって、いくつになってもそういうものなんだろうなって思う。
「ごめんなさいっ、おまたせっ」
遠くから声がかかる。振り返った先には、夜桜の中を走り寄るワンピース姿のおかっぱ頭。
いや、こんな歳になっておかっぱなんて言うのは失礼かな。
あれから何年もたって、ボクは桜の木に縛られるようなこともなくなって。
その子もぬいぐるみやタオルを持ちっぱなしなんてことも無くなった。
まだ引っ込み思案なのは変わってなくて、時々それで皆にからかわれてるけど、ボクはそれにどこか安心する。
それは多分、思い出のあの日と、今現在がどこかでつながってるっていう安心感。
「今日は寒いね。あったかいお茶淹れてきたよ」
「ありがとう。じゃあ桜の見納めに参りましましょうか」
彼女の持つバスケットを受け取って、ボクは空いたその手を握り締める。
ボクは、彼女のタオルになれるだろうか。
「結構、お花残ってるね。よかった」
「うん。でも来週にはもう散っちゃってると思う。だから今日たっぷり見ておかないとね」
桜の下の小さなベンチで、ボクらは小さなお弁当を広げる。
渡されたコップには、彼女の淹れてくれたお茶が湯気を立てていて。
ボクはこの日、桜が少しだけ嫌いじゃなくなった。
fin