一緒に走ろう

SS作者:夜の機動戦士
使用テーマ:ポニーテール


◆ 一緒に走ろう


「プロデューサーさん、ダイエットした方がいいって思うな」
 収録帰り、事務所に辿り着くなり、美希が俺の腹をつつきながら言った。
「こらっ、人のお腹を勝手に触るんじゃない」
「だって、目立つんだもん」
 美希もすっかりアイドルが板につき、雑誌の表紙を飾ることも多くなってきた。居眠りを楽しむ暇も無いぐらい、日々も忙しくなってきたが、そんな中でも美希なりに楽しみは見つけられたようで、写真撮影やPVの撮影など、自分の姿を晒す仕事はノリノリでこなすようになってきていた。自分の持ち味を活かすことも、最近では考えるようになってくれたようだ。出会ったばかりの頃のグータラぶりが、懐かしく感じられるぐらいだ。
「で、プロデューサーさん」
「なんだよ」
「やっぱり目立つの、そのお腹」
 一方の俺は、営業で駆け回ることがあるとは、いえ、夜の付き合いや増えていくデスクワークの影響か……ボリュームアップを果たしてしまった。気がつけば、ベルトを留める穴も随分ずれてしまっている。
「まぁ、良くないのは分かってるんだが……どうもね……」
「ミキね、聞いたんだよ」
「聞いたって、何を」
「昨日の保健体育の授業で、メタボリックシンドロームっていうのを習ったの。珍しく起きてたから授業ちゃんと聞いてたんだけど、太ってる人って危ないんでしょ?」
「まぁ、間の説明の一切を吹き飛ばすと、そういうことになるんだが」
 目の前の美希は、メタボリックシンドロームの話をしておきながら、そんなものは別の宇宙の話だとでも言わんばかりにババロアをパクパク口に運んでいる。仮に俺が減量中のボクサーだったとしたら、右ストレートを華麗に叩き込んでいるかもしれない。まぁ、美希を相手にそんなことをするわけが無いが。
「プロデューサーさんがある日ポックリ逝ったら、ミキ困っちゃうよ」
「俺も困る。っていうかそんなすぐに死ぬわけがないだろ、いくらなんでも」
「でも、痩せた方がいいって思うな」
 美希の話が元の地点へ戻った。
「なんか、妙にダイエットを推してくるな。何かあったのか?」
「だって……」
 スプーンを手にもったまま人差し指を伸ばして、美希が俺の腹をつつく。
「こらっ、やめろってば」
「なんか、ヤ」
「嫌なのか」
「うん。熊さんみたいで可愛いなーって人もいるけど、プロデューサーさんにそのお肉は似合わないの」
「……なら、考えないでもないかな」
 美希の無邪気な言葉が刺さる。担当アイドルに「嫌」と言われるのは、想像以上の破壊力があった。
「じゃあ、ちょっと待っててね。ミキ着替えてくるから」
「着替えるって、何に?」
 俺の返事を聞くことも無く、美希はスタスタと更衣室へ歩いていってしまった。


 ※ ※ ※

 数十分後。美希に急かされ、ロッカーの奥で眠りこけていたジャージに着替えさせられ、俺は765プロ事務所からしばらく歩いた川沿いの土手に連れてこられた。今日はもう外に出る営業は残っていなかったから良かったものの、きっと営業があっても美希はああだこうだと言っては俺をここに連れてきたことだろう。
 派手目な衣装に身を包んでいる姿を見てばかりいるからか、久しぶりに目にする、地味とも言えるジャージ姿はなんとも新鮮に映った。シンプルなヘアゴムでポニーテールにまとめた金髪が、風になびいてサラサラと揺れているのがやけに目立つ。
「ポニーテール、似合うな」
「下ろしたままだと動き辛いんだもん」
 美希が尻尾を振ってみせた。
「走る、んだよな。この格好でここに来たっていうことは」
「うん、そうだよ。行こ」
 美希が一歩を踏み出した。出遅れないように、俺も後を追う。
「暑い……」
「……暑いね」
 日が傾いてきて、焼け付くような日光はだいぶ柔らかくなったが、ジメジメした蒸し暑さはまだそのままだ。たちまち服の下が汗ばんでくる。
「こんな時に走るのなんて、美希の方が嫌がりそうなもんだけどな……意外だよ」
「ミキも、暑いのはヤ」
 尻尾を揺らしながら美希が答える。水着撮影の時なんかは年齢の割に凶悪なボディラインがこれでもかと強調されているのに、こうして普通の運動着の格好をしていると、体幹の細さが目立つ。
「俺のダイエットか」
「そうだよ。だって、みっともないんだもん」
 美希の足音はテンポを乱すことが無い。一方俺の方はといえば、始めに見えていた橋の下をくぐらない内から早速息が上がってきた。我ながら情けない衰えぶりだ。

「み、美希……もうちょっと、ペース落とせないか」
 出遅れないようについていくのがやっと。こっちはペースを落としたいのに、美希は徐々にスピードを上げているように感じられる。
「えっ? これでも結構ゆっくりだよ」
 けろっとした顔で美希が答える。
 呼吸を整えてペースを乱さないようにしよう、としたその時、足元に何かが引っかかった。
「うわっ!?」

 視界が回転する。膝が硬い地面にぶつかり、鈍痛が走った。

「あっ、プロデューサーさん!」
「いてて……」
 美希がデビューしたばかりの頃、こんな風に美希をジョギングに連れてきたことがあった。あの頃は、めんどくさいと言って体を動かすのを嫌がる美希に、セクハラを盾に脅しをかけたりしてトレーニングをさせていた。トレーニングだけじゃない。営業も、ライブも、あれやこれやと手を尽くして引っ張らなければ美希は動いてくれなかった。
「大丈夫?」
 俺を見下ろす位置で、美希が手を差し伸べてきていた。傾いた日差しが、翡翠色の瞳を照らしている。
本来、手を差し出して引っ張るのは、俺の役目だったはずだ。いつから、こんな風に、美希から働きかけてくるようになったんだろう。
「昔ジョギングした頃は、俺が引っ張ってたのにな……情けないことだ」
 自嘲しながら、差し出された手を取って立ち上がる。
「いや、美希が自分から動くようになってくれたのを、喜ぶべきなんだろうな」
 一旦立ち止まってしまうと、途端に呼吸をするのが辛くなる。胃の辺りが気持ち悪い。
 美希は、俺が立ち上がるのを、じっと見ていた。金髪が、風に踊る。
「きっと、いずれ、俺は美希が一人で頑張るのを、遠目で眺めてるだけになるのかもな、ははっ」
 俺が立ち上がり、美希よりも高い位置に頭が来ると、見下ろしていた瞳が俺を見上げてきた。が、呼吸が整わず、膝に手をつき、美希よりも小さく縮こまる。
「……ミキ、プロデューサーさんがいないと、困っちゃうよ」
 美希が真面目な表情になった。大きな瞳が真っ直ぐに俺を見つめる。
「一人でなんて頑張れないもん」
 細い顎のラインを、こめかみから汗の雫が伝ってくるのが見えた。
「何かあったら何とかしてもらえるって分かってるから、ミキは思い切ってやれるんだよ」
「……美希」
「最近ね、ミキにも分かるようになってきたんだよ」
「何が?」
 強い風が連れてきた砂埃に、美希が目を細める。
「大変なんだよね、プロデューサーさんのお仕事って」
「美希の方が大変さ。俺は別にテレビカメラの前に出るわけじゃないし、ステージに立ったりもしない」
「ミキは、プロデューサーさんが用意してくれた所で、プロデューサーさんに言われたことをやってるだけ」
 茜色の日差しが美希の向こう側から俺を照らす。束ねた髪が風に持ち上げられ、夕焼けに散った。シルエットになった美希の姿は、完成された一枚の絵画だった。
「プロデューサーさんがすぐ後ろから見ててくれないと、怖くなる時だってあるの」
 美希の声色は揺るがない。
「……分かったよ」
 乱れていた呼吸が整い始めた。
 前のめりになって膝についていた手を持ち上げ、胸を張る。
「走るのは一緒だ。ついていくのが大変だけどな」
「うん、頑張るのは一緒だよ。だから、まずはお腹のプニプニを落としてね」
「ははは……そうだな」
 少しけだるい右足を、思い切って前へ蹴りだす。とりあえずの目標はあの橋だ。
 今年の夏は、たくさん汗をかこう。


 終わり






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  • 最終更新:2011-07-09 02:40:47

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