アジサイ(成人向け)

SS作者:Grace
使用テーマ:「雷」「蜃気楼」「紫陽花」「命綱」
見事にタイムオーバーしました。ごめんなさいorz
所要時間2時間程



「アジサイ」


 暑い。
 日本の梅雨はドコへ行ってしまったのだろうかと思うぐらいに暑い。
 梅雨らしい不快な暑さではない。脳天を焦がす真夏の如き暑さが、頭上から降り注ぐ。
 おかげで麦藁帽子を通して脳天を炙られているようで辛い。
 萩原雪歩はそんな暑い日差しの中をふらふらと歩いていた。アスファルトには逃げ水が浮かび、ともすれば蜃気楼が見えるのではないかと思うほどに暑い正午に。
 雪歩とてこの暑さの中ノープランで外出するほどの間抜けではない。頭には麦藁帽子。涼しげな白のワンピース。ハンドバッグにはミネラルウォーターも忍ばせてある。日焼け対策にUVカットクリームとファンデーションを決めてきたし、ハンドタオルも二枚ばかり入れてある。
 しかしそれらの努力を嘲笑うかのように、太陽はじりじりと照りつけていた。
 暦の上では六月下旬。まだ海開きもしていないような時期である。当然ながら夏本番はあと半月以上先のはずだ。
 だが、どうやら今年の夏はリハーサル無しらしい。
 もちろんこんな暑い日に外に出たのは理由がある。ちょうどオフが重なった真と、水着や夏物を購入するべくあちこちうろつこうという約束をした為だ。
 待ち合わせは午後一時。合流してお昼を食べて、それから涼しいデパートを梯子して回ろうという算段である。
「あ、雪歩ー! こっちこっち!」
「ま、真ちゃん……おまたせ……」
 水と日陰を命綱になんとか待ち合わせ場所へたどり着くと、菊地真はなんとも涼しい顔で手を振っていた。あの体力が今は心底羨ましい。
「雪歩大丈夫? なんだかふらふらしてるけど……」
「暑いからだよ…………真ちゃんはいつも元気だね……」
「ボクだって暑いけどさ、ぐったりしてると余計疲れちゃうから。とりあえず何か食べよう。お腹も減ったし、涼しいところに行けば汗も引くだろうしさ」
 真に手を引かれ、手近なデパートのレストラン街へ足を向ける。握った彼女の手のひらから、何やら元気が流れ込んでくるようで嬉しくも心地良い。
 真は最近特に綺麗になった。身長と共に足が伸び、以前にも増してすらりとした体型になったように思える。かといって男性的になったかといえばそんな事は無く、出るとこもきっちり成長し、髪も伸びて大人の女性らしい様相を呈し始めている。
 女性に大人気の「王子様」は今や素敵な「お姉様」だ。
「どしたの? こっちをじーっと見て」
「あっ、ううん。なんでもないの」
 対する自分はどうだろうか。夏の暑さにやられてだらしなく、レッスンを繰り返しているのに体力はさして付いていないように思える。体つきも対して変化していないし、相変わらず人前はあまり得意ではない。
 そんな彼女と、自分はこれからもユニットとしてやっていけるのだろうか。
 不安が心に渦巻く。
「とりあえず水着と夏物のシャツ。それからちょっと雪歩に相談したいことがあったんだよね」
「私に?」
「うん」
 テーブルに身を乗り出し、真は顔を近づけてくる。何事かと此方も顔を近づけると、彼女はぽつりと小さな声で囁いた。
「下着。特にブラを一緒に選んで欲しいんだ。ボクよく解らなくって」
 なるほど。それは確かに声を潜めたくなる。
 そして彼女が下着に無頓着なのは着替えの度に拝見済みだ。
 菊地真の下着といえば、概ねスポーツブラにスパッツや無地のパンツなどのあまり可愛げの無いものばかりだった。一度尋ねてみた時も『サイズないし似合わないし。それによくわかんなくって』という返答だった。しかし今の真なら彼女が好む女性らしい下着も似合うだろう。
「じゃあ、まずはそこから選ぶ?」
「うん、お願い。サイズも何を選んでいいかわからなくって」
 自前のスポーツブラが小さくなったのか、はたまたそろそろ何とかしないと垂れると考えたのか。何れにせよこれは専門店で採寸して貰うべきだろう。丁度このデパートにはそういった下着店がテナントとして入っている。店員に任せればカップサイズなどはしっかり計測してくれるに違いない。
「そういうの計ってくれるお店があるから、後で一緒に行こう。私もついでに何枚か買いたいし」
「おっけー。あ、でもご飯食べたらお腹膨らむし、サイズずれる?」
「お腹とそれはあんまり関係ないと思うな……」
 彼女の頭の中では、ブラはスポーツタイプがデフォなのだろう。雪歩はその発言に思わず小さな苦笑を浮かべてしまっていた。



 日は傾き、既に夕方。二人の両手にはいくつもの紙袋。
「なんか随分買い物しちゃったね」
「たまのお休みだから、少し買いだめしておかないと。もう夏はお休み無いかもだし……」
 今日明日のオフは本当に久しぶりで、プロデューサーのスケジュールではこれから九月まであちこちのイベントが重なっているらしく、本当に休みらしい休みを取れない可能性があるとか。故に今日は今夏最後の買出しと思い、雪歩はいつもより余計な買い物まで進めていた。
 ただ、これらの私服を着るチャンスがどれだけあるかはやや怪しいところでもある。
「…………曇ってきたね」
「そうだね……。最近夕立多いから気をつけないと」
 ふと見上げた空は、昼間の晴れが嘘のような曇天だった。分厚い雲は隙間無く空を埋め尽くし、足元を吹き抜ける風はやや冷たい。ここ数日ニュースではゲリラ豪雨なるものが取りざたされており、その予兆は確か急な曇天と冷たい風だったように思える。

 ポツッ

 不意に落ちる雨粒は随分と大きなもの。

 ポツッ ポツッ

「やばい! 降ってきた」
「真ちゃん、どっか避難しよう!」
 帽子を押さえ、昼とは逆に雪歩が真の手を握って走り出す。そうこうしているうちに雨脚は強くなり、雷と共に二人を容赦なく襲う。昼は日傘の代わりだった麦藁帽子だが、今は雨傘の代わり。
 共通しているのはどちらも対して役に立っていないということぐらいか。
「はぁ…………、ふぅ……っ。ちょ、ちょっと一休み…………」
「酷い夕立……。ちょっと怖いな……」
 土砂降りという言葉がこれほどしっくりくる雨脚も珍しいだろう。足元は水煙で覆われ、数メートル先も見通しが立たない。こんな時に限って裏通りのようなビル街を歩いていたために、雨宿りできるような軒下を見つけるのは本当にひと苦労だった。
「あの、よろしかったらこれをお使いください」
「え? あ……す、すいません……。ありがとうございます」
 上から下までずぶ濡れだった二人を見かねたのだろう。スーツ姿の男性が大きめのタオルを差し出してくれた。受け取ったタオルには、ビジネスホテルらしきロゴの刺繍が一つ。
「ここ、ホテルの入り口だったんだ……」
「流石にここに居たらまずいよね……どうする? 雪歩」
 男性は御気になさらずにと笑っているが、流石にホテルの前で雨宿りはどうかと思われる。入り口の看板にはスパ施設のみの利用も承っておりますの文字。雨はゲリラ豪雨なら暫く止みそうに無い。
「真ちゃん、お風呂入ってさっぱりしていく? 着替えはここにたくさんあるし」
「…………そうだね。暫く止みそうに無いし。ちょっと待ってて」
 お互いに携帯電話を取り出し、家への連絡を済ませる。ここ最近頓に忙しかった為か、門限厳しかった雪歩の父も少々緩い答えを返してくれた。しかも何やら都内に浸水警報が出ているとか何とかで、無理そうなら夜に一度連絡を入れれば外泊してもかまわないという許可も。
「うちはもう大丈夫。真ちゃんは?」
「うちも平気。っていうか電車止まったってニュースでやってたって言ってる。あんまり動かない方が良いだろうって」
 何やら世の中はとんでもない事になっているらしい。電車が止まったのは雨のせいか別の理由かは解らないが、両家の親が揃ってあっさり外泊を許すのは運が良いを通り越してやや恐ろしくも思える。
 雨を払って髪を拭きながらフロントで事情を説明すると、最初は休憩で部屋を取り、後で状況を見て宿泊にする形でもかまわないという優しい答えを返してくれた。無論そこにはアイドルとして名を馳せている自分達の知名度があったのは言うまでも無い。
 でなければ同伴者も居ない未成年に部屋を貸すわけがない。



「どうなることかと思ったけど……何とか落ち着けてよかったね」
「うん。お風呂も部屋についてたから安心だし、ランドリーも貸してくれるって言うし、本当に良かった……」
 ベッドに腰掛け、深くため息を一つ。窓から見える景色はすっかり夜で、雨はまだしとしとと降り続いている。テレビのニュースではあちこちで浸水被害が出たとか、首都の交通網に影響がとか、そんなようなことを報じていた。先程はプロデューサーからも連絡があり、心配を通り越して狼狽に近い電話越しの声。そのあまりにも大げさな物言いに、二人は顔を見合わせて苦笑いをするほど。
「このぐらいの時期って、まだ梅雨のはずだよね」
「うん。紫陽花と蝸牛の時期なんだけど……今日はなんだか真夏みたい……」
 親の心配やニュース、プロデューサーの声などから考えると、この一室はまるで天国のように思える。冷たい雨ではなく暖かいシャワー。テーブルにはルームサービスで頼んだサンドイッチなどの軽食。そして、隣には真が居る。

 プルル、プルル、プルル

 不意にベッドサイドの電話が鳴る。受話器を取ると向こうからは女性の声が響いてきて、宿泊にするかチェックアウトするかを尋ねてきた。
「真ちゃん、どうする?」
「うーん…………まだ服も乾いてないよね……でも雨はもう平気っぽいし……」
 窓の外を眺めながら、真は顎に手を当てて悩んでいた。
 頬に張り付く濡れた髪と風呂上り故に上気した頬が、彼女をより一層大人の女性のように見せる。
 雪歩はそんな彼女の横顔を見つめながら、小さな勇気を振り絞った。
「すいません。宿泊に切り替えてください」
 驚いて振り返る真を他所に、雪歩は応対を済ませて電話を切る。この展開を一番予想していなかったのは、どうやら真らしい。
「いいの? ご両親が心配するんじゃ……」
「連絡入れたから、大丈夫。それに、その…………もうちょっと、一緒に居たいの…………。真ちゃんと…………」
 目を合わせることが出来なかった。彼女の顔をまともに見ることが出来ず、顔を上げるのすら辛い。それでも、雪歩はどうしても譲れなかった。
 今の彼女を、手放したくなかったのだ。
 今の真は、まさに紫陽花のような存在だと思えてならなかった。明日は今日と違う色を見せ、決して同じ色に戻ることは無い紫陽花の花。それは日々女性らしく変化してゆく今の彼女そのものに思えて他ならなかった。
 そして雪歩は、その変化する色の全てを目に焼き付けておきたかったのだ。
「ま、まあボクも実は……雪歩と一緒に居たいなって思ってたし…………」
「真ちゃんも?」
「うん。下着のサイズ測ってもらってるときに、雪歩綺麗だなって思って…………。オカシイよね。同じ女の子同士なのにさ、こんなこと思うなんて…………」
 雪歩は思わず真の手を強く握っていた。顔は上げず、視線は交わさず。手だけをしっかりと。
 自分は、花開かぬ存在だと思っていた。
 花弁を広げても誰にも気づかれず、壁の花よりも尚目立たず、咲いたことすら解らぬままに散ってゆくような存在だと。
 だが、紫陽花はそれに気がついてくれていた。
 こちらを見つめてくれていた。それが今は、たまらなく嬉しかった。
「あ、あのね…………真ちゃん…………」
「雪歩……?」
「私、これ以上したら倒れちゃいそうだから…………。だから、真ちゃんから…………お願い…………」
 ずるい強請り方だと思う。そしてはしたなくも思う。
 それでも、雪歩はそうせざるを得なかった。
 自分から顔を上げて唇を近づけたら、いつものネガティブな妄想に押しつぶされてしまいそうだったから。
「うん…………」
 頬に手がかけられる。固く閉じた瞳の向こうに、真の存在を強く感じる。吐息が鼻先にかかり、鼓動が高鳴る。
 そして、二人は初めての口付けを交わした。
 浅く柔らかく啄ばみ、僅かに吐息を混ぜ合わせる。気がつけば、雪歩は真の首に腕を回していた。
「ん…………っ……」
 縋るように彼女を抱き寄せ、長い長い口付けを交わす。触れ合う肌が体温の違いを伝え、吸い付くような感触が快楽の電気信号となって全身を駆け巡る。
 知らず零れた小さな涙が、真の指先を僅かに濡らした。
「雪歩…………」
「真ちゃん…………大好き……」
 折り重なるようにベッドへ倒れこみ、もう一度深くキスをする。
 言葉よりもはっきりと、身体と鼓動が伝えてくる。お互いの心のシンパシーを。
「雪歩…………んん、んっ…………」
「真ちゃん…………んっ……」
 口付けは少しづつ深くなり、重ねた肌を強く合わせる。もとより大きすぎたバスローブはあっという間にはだけ、露になった胸が触れ合う。
 だがそこにあるのは、羞恥以上の欲望と愛情だった。
 心が触れ合えば身体なんていらないと言う人が居る。
 雪歩も今まではその考えに深く共感し頷いていた。お互いに好き同士なら手を繋ぐだけでも十分で、それ以上を求めるのは欲望以外の何ものでも無いと思っていた。
 しかし、実際はどうだろう。
 触れ合えば触れ合うほど、確かめれば確かめるほど愛はその濃度を増し、それに比例するかのように彼女に触れたいという思いが強く心の奥から湧き上がってくる。
 この思いが不潔だというのなら、雪歩は不潔でかまわないと思っていた。
 そして彼女ともっと強く、いつまでも触れ合って繋がって居たいとも。
「ふぁ…………、雪歩ごめん……。ボク、これ以上のことはあんまりよくわからなくて……」
「私も知らないから……。でも、きっと思うままにしていいんだと思うの…………。私が思ってることと、真ちゃんが思ってることは、きっと一緒だから…………」
 淡い口付けを交わしながら、二人はそろってバスローブを脱ぎ捨てた。薄暗い室内に露になった裸身。それを確かめる間もなく、雪歩は真を抱きしめてベッドへ倒れこむ。
「雪歩…………雪歩にもっと触りたい…………もっと雪歩に触ってほしい……」
「私も…………真ちゃんが好き……。真ちゃんと一つになりたい…………」
 足を絡め、背中を撫で、胸を揉む。性急で落ち着きが無く、支離滅裂な愛撫を互いに交わす。それでも、二人には十分すぎる快楽だった。愉悦は身体のあちこちから襲い掛かり、特に絡めた足からは雷のような刺激が背筋を駆け巡った。全力疾走をしたときのような息苦しさと、フラッシュを向けられたときのような純白の視界。そして不思議なまでの充足感。それらを繰り返し味わいながら、真と雪歩は力尽きるまで肌を重ね続けた。
 それぞれの身体を、紫陽花のように桃色に染め上げながら。



 いつの間に眠っていたのだろう。目を覚ますと、そこには真の寝顔があった。
 時計の針は午前二時。草木も眠る丑三つ時だ。
「すー………………ん…………ゆきほ………………」
 不意に名前を呼ばれてびくりとする。しかし真の瞳はまだ閉じられたまま。どうやら寝言か何かのようだ。眠っている彼女の顔は子供のようで、夕方見た大人の女性を思わせる風貌は嘘のようにどこかへ消えていた。
 あれは夕闇が見せた、蜃気楼のようなものなのだろうか。
「んにゃ…………」
 もそもそと彼女が身じろぎをし、自身の胸に擦り寄ってくる。いよいよ子供っぽいと思う仕草だが、それが逆に強く実感させる。
 彼女はもう、子供でも少女でもないのだと。
 自分はどうだろうか。
 彼女の隣に立つのにふさわしいだろうか。
 彼女のように、成長できているだろうか。
「………………自分から、変わらなきゃだよね……」
 あの時、強引に宿泊に切り替えたのは紛れも無く雪歩の意思だった。その一歩がなければ、今頃はそれぞれ自宅のベッドで一人眠っていたに違いない。
 もしそうなっていたとしても、雪歩は別段寂しさを感じなかっただろう。いつもの通り一日を過ごせた事を喜び、次の仕事も頑張ろうといつものように決意をしていたに違いない。
 しかしそれは進展ではない。継続という名の停滞だ。
 紫陽花が見るものの都合を考えずに様変わりするように、歳月は雪歩に歩調をあわせてくれない。もたもたしていればそれだけで置き去りにされてしまう。
 そうならない為に必要なのは、自身の決意と勇気なのだ。
「…………真ちゃん、愛してる……」
 眠る彼女の額に口付けを落とし、優しくしっかりと抱きしめる。
 少しだけ長く伸びた彼女の髪を、楽しむように撫で付けながら。



 後日、雪歩は真を連れ立ってもう一度買い物めぐりをする事になった。どういうわけか購入した下着の、特にブラのカップサイズが合わなくなり、買い直しを余儀なくされたからである。
 その日、雪歩のバストは約二センチほど大きくなっており、カップサイズも今までのCからDへと変更せざるを得なくなった。
 突然のことに音無小鳥もプロデューサーも困惑していたが、数名の同僚達だけはそっと二人に祝福を送ってくれた。
「真ちゃん」
「ん?」
 夕暮れの街を歩きながら、雪歩は少しだけ大きな声で真を呼び止める。
 以前のように両手に荷物を下げた二人は、以前と違う明るい夕暮れの日の下で向かい合う。
「大好き」
「ちょ、雪歩……!」
 真顔ではっきりと伝えると、真は顔を真っ赤にして慌てて駆け寄ってきた。周囲に人影は無いしそれほど大きな声でも無いと言うのに、彼女の態度はずいぶんと大げさに思える。
「ひ、人前でそういうこと…………恥ずかしいじゃないか」
「ふふ、ごめんなさい」
「~~~~~~!」
 謝罪しつつ頬に口付けをすると、彼女は声にならない声をあげて此方を睨んできた。
 紫陽花には出せないような、夕日よりも尚赤い顔で。

fin




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  • 最終更新:2010-07-10 01:08:12

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