ひとつつんでは

SS作者:Grace
使用テーマ:「憂鬱」「ナイフ」「白」「賽」



◆タイトル 『ひとつつんでは』


 音無小鳥の憂鬱を消し去るのは簡単である。純白のショートケーキが一つあればそれで良い。
 いや、大抵の女子はそういうものだろう。欲を言えばそれは白いだけでなくまん丸で、彼女の目の前で純銀のナイフを煌かせながら切り分けてやるのが一番良い。

 しかし、今日ばかりはそうもいかない。今音無小鳥の前でそのような事をすれば、その憂鬱は怒りに変化して純白を晒したものに向けられる可能性がある。
 理由は彼女の憂鬱の正体にある。
 音無小鳥はこれでも元アイドル候補だった。歌って踊れるアイドルを自分も目指していたのである。
 残念ながら彼女はアイドルを続けるには歳を取り過ぎてしまい、たとえ見た目が若々しくてもその数字を見ればファンがドン引きするのではないかと言われる程度の年齢になってしまった。故に彼女はアイドル事務所の秘書兼事務員をしている。
 しかし、昔見た夢をそう簡単に忘れられるわけもない。
 アイドルであった頃の綺麗で若々しい、煌くステージでファンに声援を送られるあの頃を懐かしく思うぐらいは歳経た彼女にも許されるべきなのだ。
 そして、その当時の体型を出来る限り維持するぐらいのことも。

 体型の維持といえば、最も簡単でわかりやすい指針が体重である。
 古の昔より語り継がれる永遠不変の法則である『女性に体重を聞いてはいけない』とはこの事を指す。
 体重の増減は、たとえそれが外見的に全く変化が無かったとしても、女性を一喜一憂させるのに十分な数字なのだ。そして概ねの場合、女性が憂鬱に思うのはこの体重が増えたときである。

 そう、一週間前に比べて音無小鳥の体重は一キログラムも増えていたのだ。
 たかが一キロ。されど一キロ。
 彼女に取っては由々しき事態である。
 脳内における閣僚会議を早急に開き、原因の追究と責任の所在を明確にする必要がある。
 脳内秘書に今後のスケジュールを再チェックさせ、特にスイーツ部門における事業仕分けを徹底的に行わなければならない。
 事態は急を要するのである。
 そんな折、突如脳内財務大臣が一つの提案を持ち上げた。

『話題のテレビゲームフィットネスで楽しくカロリーを消費してはどうか』

 というものである。
 スイーツ部門の事業仕分け担当官も今後のスイーツ削減を徹底すればその程度の出費はどうということはないと報告を出している。脳内秘書も給料日は近く、それなりに財政は潤っているとの調査結果を提出してきた。
 それらの報告を鑑みて、小鳥脳内総理は早急に決断した。

『今すぐ行動に移すべきである!』

 現実の総理はこのように簡単に決断も行動もしないが、脳内総理の決断と行動は迅速かつ徹底的だ。小鳥はすぐさま財布の中身を確認し、事務所に置手紙をして飛び出す。

【ちょっと買い物に行ってきます】

 嘘はつかない。これも現実の総理とは違うところである。
 まあ嘘に近いグレーゾーンだろうと言われればそれまでではあるのだが。
 近くのゲームショップは歩いて十五分の距離。大した距離ではないし少しでもカロリーを諸費したいというさもしい思いつきから、小鳥は自転車でも車でもバイクでもなく徒歩を選んだ。

 途中見つけた神社に立ち寄り、賽銭を投げるのも忘れない。
 願いはもちろん、ダイエットの成功である。おまけでフィットネスゲームの入手もつけておいた。

 神社を出て目的のゲームショップまではあと五分ほど。途中見えるケーキ屋やアイスクリーム屋に目もくれず、まっすぐにハード売り場へ。
 しかし、小鳥を待っていたのは残酷な現実であった。

【現在品切れ中。入荷未定】

 黄色い紙に赤い文字が躍っている。何もここまで目立たせなくてもいいだろうとやや苛立ちすら覚えるほどだ。
 こういうものは不思議なもので、欲しいと思った日には是が非でも欲しくなる。小鳥は早急に脳内国土交通省に呼びかけ、ゲームショップや家電量販店を探索させる。
 帰ってきた報告は、約十分ほど歩いたところに大型の家電量販店があるというもの。しかしそこは事務所から更に遠ざかるため、都合二十五分の徒歩となる。帰りも考えると三十五分の距離だ。

 しかし一時間近いウォーキングはダイエットに効果があると脳内厚生労働大臣が囁くため、小鳥はゲームショップを飛び出してすぐさま量販店へと足を向けた。
 往復で都合五十分ともなれば足も疲れてくるし、喉も渇く。悲しいかな小鳥は若鳥ではないため、無理は禁物である。途中の自動販売機でスポーツドリンクを購入しておくことにする。
 ミネラルウォーターにしなかったのは、今日が少しばかり汗ばむ陽気だったからだ。

 ボトルの中身が半分ほど減ったところで、目的の量販店が見えてくる。この店は全国展開しているチェーン店舗で、小鳥は運良くこの店のポイントカードを持っていた。
 お得な上にポイントもつく。しかもダイエットまで出来るとくれば、これはもうテンションうなぎのぼりである。すぐさまゲームコーナーへ足を向け、目的の本体その他を購入する。

 さてここでまた脳内会議である。
 この店は五千円以上の購入で自宅配送を無料で行ってくれる。しかし到着は翌日以降だ。
 しかも今日はアイドルたちも社長も、もちろんプロデューサーまで出払っていて事務所は無人。
 もう一つ追い討ちをかけるならば、今日は一日暇なのである。
 ここまでくればもう決まったようなものだ。
 ハードの重みもウェイトトレーニングだと思えば良い。二十五分のウォーキングもダイエットの一環だ。
 小鳥は小脇にゲームを大切に抱え、足早に事務所へ向かった。

 帰りにスポーツドリンクを更に一本購入したことも、一応付記しておく。

 事務所につくなりハードを開封した小鳥は、ウォーキングの疲れもなんのそので設定を入力してゆく。身長体重に年齢性別と、何やら時折胸が痛くなる項目がある気がするのだが、それも自分を戒めるためだと思えば辛くない。
 本体、コントローラーその他の設定を片っ端からこなし、説明書とにらめっこをする。
 人は必死になったとき、時として想定外の力を発揮するものである。
 脳内秘書からの報告で、一番帰社が早い社長は十六時の予定。まだあと二時間は猶予がある。片付ける時間を加味して一時間程度と言ったところだろうか。

 脳内秘書のスケジュールから割り出し、十五時の目覚ましを携帯にセット。約一時間のフィットネス開始である。
 画面の指示に従い、コントローラーを片手に小鳥は必死で身体を動かす。
 時折人様に見せられないような、お嫁に行けない様なポーズを取っていたりもするが、ダイエットの前にはその程度の羞恥心は脆くも崩れ去る。
 そうして約一時間。たっぷり身体を動かした小鳥は随分と満足した気分になった。
 そんな彼女に、画面のコンソールが何やら親切な数字をはじき出してくれている。

[ただいまの消費カロリー 88Kcal]

 自分の中ではかなり動いたつもりだったのだが、どうやらそうでもなかったらしい。ややがっくりとしてため息をつき、残りのスポーツドリンクを飲み干す。
 そこで小鳥は衝撃の事実を発見した。

[栄養成分表示  100mlあたり エネルギー 27kcal]

 脳内秘書が残酷な通知を告げる。

『先ほど飲み干したスポーツドリンクは二本目です』

 完全にカロリーオーバーである。小鳥は深いため息と共に、フィットネスパネルの上にへたり込んだ。
 ハードを片付け、何事も無かったかのように自分のロッカーに隠してため息を一つ。
 せっかくスイーツ担当官に事業仕分けをさせ、財務大臣に許可を得たというのに、世の中というものはそう甘くないらしい。
 これでは何のためにショートケーキを我慢したのであろうか。

 社長やプロデューサーを出迎え、アイドル達の帰還と報告を聞いてから書類を作る。こんなときに限ってショートケーキを差し入れてくるプロデューサーが恨めしいやら腹立たしいやら。
 せっかくのケーキを無駄にするわけにも行かず、美味しいはずのケーキをにがしょっぱい思いをしながら頬張る。
 こうして音無小鳥のダイエットは露と消えた。

 かに思えた。

 ところが、神様は何故か気まぐれに音無小鳥の願いをやや湾曲した形で聞き入れたらしい。
 プロダクション所属のアイドル達の仕事が、急激に増えたのである。
 それは秘書兼事務員である音無小鳥の激務と同義だった。

 結果、彼女は寝る間を惜しんで働かざるを得なくなり、食事もままならぬ日々を過ごし、二キロのダイエットに成功した。
 しかし今度は別の憂鬱を彼女が襲う。
 目の下のクマと肌のしわである。

 今日も小鳥の脳内閣僚は会議を続ける。
 純白の肌を手に入れるためには、いったいどうするべきなのかと。



  • 最終更新:2010-05-29 00:38:00

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